会社から「早期退職優遇制度」の案内が届いた日のことを、今でも覚えている方は多いのではないでしょうか。割増退職金という数字を目の前にすると、心はかなり揺れます。「この機会を逃したら次はないかもしれない」という焦りと、「本当に辞めて大丈夫なのか」という不安が、同時に押し寄せてくるからです。
実は私自身も、50代のクライアントから「早期退職に応募すべきか」という相談を、ここ数年で数え切れないほど受けてきました。中には、勢いで決めてしまい、半年後に「もっと調べてから決めればよかった」と肩を落とす方もいれば、逆に慎重に情報を集め、納得して次のキャリアに進んだ方もいます。その差は、決断の速さではなく、判断材料をどれだけ手にしていたかにありました。「辞めるか、残るか」を決める前に、まず知っておくべきことがあります。
なぜ今、早期退職の話がこんなに増えているのか
ここ数年、上場企業による早期・希望退職の募集は明らかに増加しています。東京商工リサーチの調査によれば、2025年度に早期・希望退職の募集を行った上場企業は46社にのぼり、対象人数は2万781人と前年度の約2.5倍に急増しました。しかも、募集企業の直近決算で黒字だった割合は約7割。業績が悪化しての人員整理ではなく、将来の事業転換や人員構成の見直しを見越した、いわゆる「黒字リストラ」が広がっているのが特徴です。東京商工リサーチは、この流れが2026年にかけてさらに強まる可能性があるとも指摘しています。
つまり、今50代のあなたに早期退職の案内が届いたとしても、それは会社があなたを不要だと判断したから、というより、企業全体の構造的な動きの一部である可能性が高いということです。ここを誤解して「自分は見限られた」と自分を責めてしまうと、冷静な判断がしづらくなります。まず、これは"あなた個人への評価"ではなく"時代の流れ"だと理解することが、判断の土台になります。
早期退職で見落とされがちな3つの落とし穴
割増退職金や再就職支援といった優遇措置は魅力的に見えますが、実務の現場で相談を受けていると、次の3点が見落とされがちだと感じます。
1つ目は、年金の受給額です。 50代前半で退職すると厚生年金の加入期間が短くなるため、65歳から受け取る年金額は、定年まで働き続けた場合より少なくなります。「割増退職金でカバーできるだろう」と楽観視していたものの、実際に年金定期便で将来の受給見込み額を確認してから青ざめた、という相談も少なくありません。
2つ目は、失業保険が出るまでの空白期間です。 自己都合ではなく会社都合に近い扱いになるケースが多いとはいえ、手続きから実際に受給が始まるまでには一定の期間がかかります。この間の生活費を、退職金の一部を取り崩してまかなう前提でいると、想定より早く資金が目減りしていくことになります。
3つ目は、再就職のリアルな難易度です。 「割増退職金があるうちに、次の仕事はゆっくり探せばいい」と考えて動き出しを先延ばしにした結果、半年、1年と時間だけが過ぎてしまうケースは実際によくあります。50代の転職活動は、20代・30代とは求められるものも、かかる時間も違います。「辞めてから考える」ではなく、「辞める前に、次の輪郭だけでも描いておく」ことが、後悔を防ぐ最大のポイントです。
後悔した人と、納得できた人の違い
これまで見てきた中で、早期退職を後悔している方に共通していたのは、「退職金の金額」だけで決断していたことでした。一方で、納得して次に進めた方に共通していたのは、決断の前に次の3つを紙に書き出していたことです。
- 退職後、最低何ヶ月分の生活費が手元に残るか(退職金・貯蓄・失業保険の見込みを含めて)
- 年金の受給見込み額が、退職しない場合と比べてどれくらい変わるか
- 次にどんな働き方をしたいか(フルタイムの再就職か、時短か、独立か)を、ぼんやりとでも言葉にしておく
これは特別なスキルがなくてもできることです。実際、私が担当したある方は、早期退職の案内が届いてからすぐには返事をせず、まず1ヶ月かけてこの3点を整理しました。結果として「今は残る」という選択をしましたが、その判断に迷いはなく、「調べた上で決めたから納得できている」と話していたのが印象的でした。
今日からできること
いきなり大きな決断をする必要はありません。今日からできることは、次のようなささやかな一歩です。
まず、ねんきん定期便やねんきんネットで、現在の年金見込み額を確認してみてください。次に、退職金と貯蓄を合わせて、無収入でも生活できる期間が何ヶ月あるかを、家計簿アプリでもメモ帳でもいいので数字にしてみましょう。そして最後に、「今の会社を離れたら、自分はどんな働き方をしたいか」を、誰かに話す前に、まず自分の中で一度言葉にしてみることです。数字と言葉、この2つを手元に持っているかどうかが、後悔するかしないかの分かれ道になります。
まとめ
早期退職の案内は、心を大きく揺さぶるものです。割増退職金という目の前の数字に気持ちが引っ張られるのは、決して不思議なことではありません。けれど、年金の見込み額、無収入で耐えられる期間、そして次にどう働きたいかという3つを自分の言葉で整理できれば、どちらを選んでも「勢いで決めた」ではなく「調べた上で決めた」と言えるようになります。それだけで、後から振り返ったときの後悔は大きく減っていくはずです。
あなたも、誰かのキャリアに寄り添う一歩を踏み出すには