ある日突然、実家から「お母さんが倒れた」という電話がかかってくる。そこから、それまで積み上げてきたキャリアの土台が音を立てて揺らぎ始める方を、私はキャリアコンサルタントとしてこれまで何人も見てきました。そして正直に言うと、私自身も50代で親の介護と仕事の両立に直面し、何度も「もう仕事を辞めるしかないのかもしれない」と思った一人です。
「親の介護のために転職すべきかどうか」。この問いに、正解はひとつではありません。ですが、判断を間違えると、キャリアも介護も両方を失いかねない。だからこそ、感情だけで決める前に、いくつかの事実を知っておいてほしいと思います。
なぜ「介護を理由の転職」は判断を誤りやすいのか
まず根本の話をします。介護を理由にした転職相談で一番多い失敗は、「今の会社にいたら介護と両立できない」という思い込みだけで、確認もせずに退職してしまうことです。
厚生労働省の調査では、仕事と介護を両立している人はおよそ365万人にのぼり、年齢階級別では50〜54歳で両立している人の割合が最も高くなっています。つまり、親の介護と仕事の両立は、あなただけが抱えている特別な問題ではなく、同世代の非常に多くの人が同時に経験している現実だということです。
そしてもうひとつ大事な事実があります。育児・介護休業法は2025年4月と10月に段階的に改正され、介護離職を防ぐための「雇用環境整備」や、残業免除の対象拡大などが企業に義務づけられました。「辞めるしかない」と思い込む前に、今の会社にどんな制度があるかを確認したかどうかで、その後の人生はまったく違うものになります。
「転職すべきか」を判断する前に確認すべき3つのこと
具体的に、転職を考える前に確認してほしいことを3つお伝えします。
1つ目は、勤務先の介護休業・介護休暇・時短勤務・テレワークの制度です。改正法により、企業には介護に直面した従業員への個別の周知・意向確認が義務づけられています。まだ何も相談していないなら、それは「制度がない」のではなく「まだ聞いていない」だけかもしれません。
2つ目は、介護の見通しです。介護は多くの場合、数週間や数ヶ月で終わるものではなく、数年単位で続きます。要介護認定の申請状況、ケアマネジャーがついているか、利用できるサービス(デイサービス、ショートステイなど)を把握しているかで、必要な働き方は大きく変わります。
3つ目は、転職相談の理想的なタイミングです。専門家の間では、「介護が必要だとわかった時点」、具体的には親が要介護認定を受けた段階や、入院・体調の急変で介護が見込まれる段階で、早めに会社に伝えることが望ましいとされています。追い詰められてからの決断は、視野を狭くします。
今の会社に残る場合・転職する場合、それぞれの現実
私自身の経験も交えてお話しします。私は当時、親の通院の付き添いのために月に何度も早退が必要になり、「このままでは職場に迷惑をかける」と焦り、一度は退職届を書きかけました。ですが、上司に事情を話したところ、時差出勤とテレワークを組み合わせる形で、結果的に働き続けることができました。もし何も相談せずに辞めていたら、収入とキャリアの両方を一度に失っていたと思います。
とはいえ、今の職場の業務内容や勤務形態がどうしても介護と両立できない場合、転職という選択肢が必要になる場面も確かにあります。その場合は、「介護があるから正社員は無理」と最初から選択肢を狭めるのではなく、時短勤務やテレワークが前提の求人、介護と仕事の両立実績がある企業を軸に探すことをおすすめします。職務経歴書には、介護の事情を詳しく書く必要はありませんが、面接で問われた際に「両立のためにどう工夫してきたか」を具体的に話せるようにしておくと、マイナス評価にはなりにくいものです。
今日からできること
大きな決断を今日すぐにする必要はありません。今日からできることは、次の3つです。
- 会社の就業規則や人事に、介護休業・時短勤務・テレワークの制度があるかを確認する
- 地域包括支援センターに連絡し、親の要介護認定の手続きを始める、またはケアマネジャーに現状の働き方を相談する
- 「今の仕事を続けながらできる両立の形」と「転職した場合の働き方」を、紙に書き出して比較してみる
「辞める」か「続ける」かの二択ではなく、「どう両立させるか」という視点に切り替えるだけで、見える選択肢はぐっと広がります。
まとめ
親の介護をきっかけにした転職の悩みは、あなた一人の弱さではなく、50代の多くの人が同時に向き合っている現実です。焦って結論を出す前に、今の職場の制度、親の介護の見通し、相談すべきタイミングを一つずつ確認してください。そのうえで、続けるにしても、転職するにしても、あなた自身が納得できる選択をしてほしいと思います。